好奇心から始まる旅の学び – ガストロノミーツーリズムがひらく地域と人の可能性
旅と学びの協議会がお届けする、「旅」や「まなび」の実践者インタビュー。第3弾となる今回は、ANA総合研究所(以下、ANA総研) 主席研究員であり、旅と学びの協議会の研究部員でもある、山田 圭一(やまだ けいいち)さんにお話を伺いました。
「学ぶために旅をする」のではなく、
旅のなかで、いつのまにか「まなび」が立ち上がっている。
本インタビューでは、ガストロノミーツーリズムに長く関わり、現場でその価値を見つめ続けてきた山田さんが、ご自身の原体験をたどりながら、「感じる旅」がもたらす豊かさを語ってくださいます。食べること、歩くこと、人と出会うこと。その一つひとつが、地域や人生にどんな変化を生んでいくのか。好奇心から始まる、旅とまなびのやさしい循環に耳を傾けてみてください。
【プロフィール】

山田 圭一 氏
ANA総合研究所 主席研究員
ANA 人事部 ANA 人財大学 変革塾
旅と学びの協議会 研究部員
世界を「学ぶ」のではなく、「感じる」旅へ
ー これまでの人生や旅の中で、特に印象に残っている体験、いわば原体験のようなものはありますか?
山田さん(以下敬称略):
大学院1年の冬に行ったニュージーランド旅行が原体験ですね。実は、それまでは旅にあまり価値を感じていませんでした。理系で“モノ”に執着するタイプだったので、「旅行は何も残らない」と思っていたんです。
就職も、飛行機や車など、動くものの開発や設計に関わりたいと考えていました。大学3年の頃、先輩に「設計者になりたいなら大学院に行った方がいい」と言われ、進学を決めました。そんな中、友人と2人でニュージーランドへ、3週間ほどバックパッカーのような旅に出たんです。これが本当に良かった。文化がつながること、人が行き来することの面白さを、初めて実感しました。
当時は、まだ飛行機のコックピットに入れてもらえる時代でした。行きの飛行機でCAさんにお願いすると、「みんなが寝静まってからね」と言われて。夜、暗い機内で呼ばれてコックピットに入ると、パイロットたちが「Welcome!」と迎えてくれました。「星が見えるよ」と教えてくれたりして、夢のような時間でした。座席に戻ると、キャプテンのサイン入りの飛行証明書までいただいて。「こういう世界があるんだ」と強く感動しました。
ー その後の人生を方向づける、素晴らしい旅の原体験ですね。ほかにも、思いがけず学びにつながった旅や、印象に残っている旅はありますか?
山田:入社当時は、「世界を知りたい」という思いが漠然とありました。世界を知るならニューヨークだろうという感覚で(笑)、ニューヨークに行ったんです。
実際に行ってみると、さまざまな違いがあり、アメリカのスケールの大きさに感動しました。一方で、ヨーロッパでは歴史を強く感じ、アジアではどこか親近感を覚える。旅を重ねる中で、本当にいろいろなことを「感じる」ようになりました。
振り返ると、僕にとって一番の学びは「感じること」だったと思います。特別に「これを学びたい」と決めて旅をしているわけではありませんが、国内外を問わず、旅先ではできるだけ自分の足で歩くようにしています。
観光地や名所を巡るよりも、目的もなく街をぶらぶら歩く。そうすると、町の大きさを体感できたり、生業(なりわい)が見えてきたり、ふと話した地元の人との会話が印象に残ったりする。「また来たい」と思う町もあれば、「思っていたほどではなかった」と感じる町もある。そうした感覚が、旅の中で自然と積み重なっていく気がしています。
食が人と土地をつなぐ
ー 山田さんが取り組まれているガストロノミーツーリズムについて、その魅力に気づいたのは、どんなきっかけだったのでしょうか。
山田:私は大阪出身で、いわゆる食い倒れの街で育ったこともあり、食べ歩きは昔から大好きでした。旅の目的も、かなり前から「これを食べたい」という理由だけで海外に行く、という感じでした。
入社して4年目くらいの頃、高校時代の友人と2人でタイに行ったときのことです。特に目的もなく、夜の街をふらふら歩いていて、たまたま見つけた大衆食堂のようなお店に入りました。そこで食べたのが、カニカレーのプーパッポンカリーでした。
後で調べると、バンコクでは有名な名店だったんですね。ただ、そのとき入ったのは路面にある、少し安っぽい雰囲気の店だったんですが、とても美味しくて。以来、その味が忘れられなくなりました。今でもプーパッポンカリーを食べるためにバンコクに行けますし、行ったら必ずその店に立ち寄ります。
ー ガストロノミーツーリズムを、日本でも推進しようと思われた背景について教えてください。
山田:ガストロノミーツーリズムは、私がすべてを推進したわけではありませんが、長く関わってきました。きっかけは、フランス・アルザスにある「アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)」とのつながりです。
元ANA総研会長の小川さんは、総研に来る前、名古屋支店長として名古屋商工会議所などの視察ツアーでヨーロッパの先進的な街を訪れており、その際に紹介されたのがCEEJAでした。
その後、小川さんがANA総研に異動で来られることになり、「研究所同士で連携すれば、いろいろな学びがあるのではないか」という話になり、私や小川さん、ヨーロッパに詳しい元領事の方も含めて現地調査に行くことになりました。ストラスブールの日本領事の方にも来ていただき、非常に価値のある関係が築けると感じました。
その成果を持ち帰り、「ぜひ連携協定を結ぶべきだ」という話になり、CEEJAとANA総研で連携協定を締結しました。今年度で10年の節目を迎えます。

ー このプロジェクトを進めるなかで気づいたことや、大切にしていることがあれば教えてください。
山田:初期の段階で、アルザスの本場のガストロノミーウォーキングに参加したことは大きかったですね。周囲はワイン畑ばかりですが、観光名所でもないその景観がとにかく美しかった。
小さな町村ごとに複数のワイナリーがあり、その多くが出荷の大半を現地で行っています。7割ほどは、ワイナリーに直接買いに来る人向けで、必ず試飲ができ、その場で購入できる。これは日本とは大きく異なるビジネスモデルです。
例えば、日本酒はできるとすぐに出荷され、酒蔵では買えるものがほとんど残っていないことも多い。一方アルザスでは、「来てくれた人に売る」という考え方が当たり前。これは今後、日本にも必要なコンテンツだと感じました。
日本で展開を始めてからの大きな気づきの一つは、地方に行くほどクルマ社会が進み、地元の人ほど自分たちの町を歩いていないということです。歩いて行ける展望台があっても、草が生い茂り、ベンチも汚れ、案内板もない。
けれども、外から来た人が「歩く」ことで、地元の人が気づいていなかった魅力に改めて気づくようになる。これは、この活動の非常に大きなポイントだと思っています。




「歩く・食べる・感じる」を通して、新しい価値が生まれる
ー 外部の視点が、その土地の魅力を引き出すということですね。
国内で参加されたガストロノミーツーリズムで、印象に残っているものはありますか?
山田:特に印象に残っているのは山口県の俵山という、日本海寄りの小さな温泉街で行われた「ONSEN・ガストロノミーウォーキング」です。俵山はまさに日本の里山の原風景のような場所。その里山を、のんびり歩く。そこで一番美味しいのは特別な料理ではなく、その土地で採れたものです。おばあちゃんたちが採ってきた芋や栗、山菜を漬物にしたりして、焚き火でいただく。
おばあちゃんたちは「ただのものなのに、なんでそんなに喜ぶの?そこにあったものを採ってきただけ」と。もちろん、すごく美味しい料理を出してくれる場所もあって、それはそれで素晴らしい。けれども参加者にしてみたら、おばあちゃんたちの手作り料理こそ最高の贅沢だと思います。

(畑で取って湧き水で冷やした胡瓜がなんとも美味しい贅沢!)
ー 都会で暮らしているとなかなか味わえない素晴らしい体験ですね。ガストロノミーツーリズムは、「学び」という観点では、どんな可能性を秘めていると思われますか?
山田:食から入ることで、その町の文化や歴史、成り立ちに、敷居低く触れられるのがいいなと思っています。どんな小さな料理にも、その土地ならではの歴史や文化が必ずある。それを自然に感じられるし、何より楽しい。
「勉強しよう」と思って入ると、どうしても構えてしまいます。でも、美味しいものを食べたいという気持ちで参加すれば、気づいたら学びになっている。それがガストロノミーツーリズムの形だと思います。
ガストロノミーツーリズムの意義を、しっかり言語化しているのが、涌井史郎(※1)さんです。テレビでもおなじみの方ですが、食を通じて文化をどう感じるか、ということを発信されています。
涌井さんは「テロワール」という言葉を使われていました。ワインの世界でよく言う、その土地の味わいを感じるという考え方ですが、けれども実際にはそれだけではない。その土地を取り巻く文化や歴史、人の営みまで含めて、食が形づくられている。果物や野菜だけでなく、料理そのものも含めてです。それを少し抽象的に言えば、「そこに住んでいる“何か”」を感じる、そんな表現になるのかもしれません。
※1 涌井 史郎:東京都市大学特別教授、一般社団法人 ONSEN・ガストロノミーツーリズム推進機構 会長
ー ガストロノミーツーリズムを通じて、参加者や地域の人たちに変化が生まれる瞬間を目にされてきたと思いますが、山田さんご自身はどんなことを感じていますか?
山田:参加するたびに新しい発見があります。地域のイベント自体は、すでに多くの場所で行われていますし、毎年同じコースが続くとマンネリ化してしまう。ただ、ONSEN・ガストロノミーウォーキングのいいところは、一度やって終わりではない。参加者の満足度が高く「また来たい」という声が集まる。すると翌年は「じゃあ次はどのコースを回ろうか」「ここも生かせるんじゃないか」と、地域の中で自然と次のアイデアが生まれてくるんです。

私たちが「ケミストリー」なんて言うのはおこがましいですが、町の中で主体的な動きが広がっていく。その変化を見るのは、とても面白いですね。たとえば千葉のいすみ市では、「美食の街いすみ」というコンセプトのもと、ある年は海、ある年は山とテーマを変えながら展開しています。
好奇心から始まる、旅と学びの循環
ー 主体性が育つのですね。だからこそ、協議会が関わりすぎないことも大切だと。ガストロノミーツーリズムの考え方は、教育や企業など、別の分野にも応用できる可能性がありそうですね。
山田:まだまだこれからだと思っていますが、参加した人は確実に何かを感じてくれています。その価値を次の展開や別の視点を持つ人たちにも届けたいと思って、レポート(※2)にまとめました。
また、初期から関わってきた人たちが少しずつ現場を離れていく中で、どういう思いで始まり、何を大切にしてきたのかを残しておきたい、という気持ちもありました。
※2 レポート:ANA総合研究所では、多種多様な職種で様々な経験を積んできた社員が、研究員として論文・レポート・エッセイを執筆・公開しています。過去の論文・レポート・エッセイはこちらよりご覧ください。
ー 食と旅と学びが重なるところって、どんな人にも親和性があり、シナジーが生まれやすい気がします。山田さんは今後、どのように関わっていかれるのでしょうか。
山田:ONSEN・ガストロノミーウォーキングの事務局自体は、ANA総研を離れて自立しています。ANAグループとしては一会員企業で、私は個人的に手伝っている、という立場ですね。それが理想の形だと思っています。これからどう生かしていくかは、まだ模索中ですが、そのために「旅と学びの協議会」にも関わっています。
食は誰にとっても関心が高いテーマですし、五感すべてを使いますからね。食があるだけで、人と人との距離が一気に縮まる。同じものを食べるという体験は、旅先では特に大きな意味を持つと思います。

ー 旅先では感覚も研ぎ澄まされますし、時間の流れや記憶の残り方も変わりますよね。最後に、「旅が人生を豊かにする文化」が広がっていくために、大切だと思うことを教えてください。
一番大切にしているのは、好奇心です。旅の価値や楽しさは、言葉で伝えきれるものではありません。でも、一度でも自分で旅をして「楽しい」「面白い」と感じた経験は、その人の一生の宝物になる。だからこそ、最初の一歩を踏み出しやすくすることが大事だと思っています。
最近、学生さんと話していると「海外に行きたいけど怖い」という声を聞きます。でもリスクがまったくない旅なんてきっと面白くない。もちろん無理はしてほしくないけれど、自分で体験して、自分なりの感覚を身につけていくことが大切だと思います。
まずは旅をしてほしい。好奇心を持って、一歩外に出てみてほしい。それだけで、世界の見え方はきっと変わるはずです。
インタビュー・構成・執筆:吉田 麻美(THINK AND DIALOGUE)
文責:殿元 綾花(ANA ホールディングス)、吉田 麻美
