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旅は AI にはできない学び─小宮山 利恵子さんに聞く「旅と学び」のこれから

事務局旅と学びの協議会

「旅と学びの協議会」では、地域や世代を超えて、旅を通じた学びの実践を続けてきました。けれども、「旅とは何か」「学びとは何か」という問いの本質を捉えることは、決して容易ではありません。

そこで今回より、「旅」や「まなび」に関わる実践者へのインタビューを通じて、”学びの旅”という概念の輪郭を多面的に描き出していきます。(不定期開催)

旅が開く、内なる扉。
出会いが促す、価値観の変容。
日常をふと立ち止まり、問い直す瞬間。

そうした一人ひとりの「旅の学び」から、未来の姿が少しずつ見えてくるかもしれません。

第一回は、「旅と学びの協議会」代表理事の小宮山利恵子さん。
「旅」と「学び」の原体験から、AI 時代に求められる学びのかたちまで、お話をうかがいました。

【プロフィール】

小宮山 利恵子 氏
東京学芸大学大学院 教育学研究科教授
株式会社リクルート スタディサプリ教育 AI 研究所所長
旅と学び協議会 代表理事

子どもの頃の”ちょっとした旅”が、すべての原点

―小宮山さんといえば「旅好き」で有名ですが、いつ頃から旅が身近な存在になったのでしょうか。

子どもの頃から、新しいものを見たり、初めての場所に行くことが好きでした。母がよく、近場でも工夫していろいろな場所へ連れて行ってくれたんです。経済的には決して余裕があるわけではなかったけれど、そういう「ちょっとした旅」をたくさん経験させてもらいました。その原体験が、今の私の“旅好き”につながっていると思います。

―お仕事でも全国を飛び回っていらっしゃる印象ですが…。

最近は東京にいるのが週に 1〜2 日くらいで、あとは全国のどこかにいます。月曜は岐阜、火曜・水曜は福岡、木曜・金曜は札幌、土曜にまた福岡……なんて週もあるんです。よく「いつ休むんですか?」「疲れないんですか?」と聞かれますが、不思議と止まると体調が悪くなるんです。まさに“回遊魚”のような生活ですね(笑)。

―その「旅する働き方」は、いつ頃から始まったのでしょうか。

本格的に増えたのは前職のベネッセ時代ですね。会長秘書をさせていただいた後、、当時グループ会社だったベルリッツのワールドワイドフランチャイズマネージャーとして、3週間ヨーロッパ出張に行ったのがきっかけでした。息子が2歳半の頃でしたが、夫に相談すると「行っておいで」と言ってくれたんです。そこから“旅をしながら働く”というスタイルにすっかり魅了されてしまいました(笑)。

―これまでのご出張や旅のなかで、とくに印象に残っている場所はありますか?

たくさんあって、どこも印象深いのですが…。「旅と学びの協議会」の活動を通じて訪れた加計呂麻島や南大隅などは、仕事でなければ行けなかったような場所です。実際に訪れてみると、それぞれの土地でしか出会えない風
景や人、文化があって、「日本って広いな」と思うんです。行ってみて初めて分かることって、本当にたくさんありますよね。

協議会のサミットで訪れた、奄美大島南部にある加計呂麻島
協議会のサミットで訪れた、鹿児島県の南大隅町

リアルな体験が、人を成長させる

―情報が溢れる時代ですが、実際に「行くこと」でしか得られないものってありますよね。

本当にそう思います。ネットや本で知るのと、実際にその土地に立って感じるのとでは、まったく違います。同じ情報でも、肌で感じると意味が変わるんですよね。ですから私は、AI 時代だからこそ“リアルな体験”を大切にしています。AI がどんなに進化したとしても、風の匂いや空気の湿度までは感じ取れない。どんな場所でも行かないまま批評をするのではなく、自分の足で訪れ、自分の目で見ないと真実は分からないなと思うんです。

―ひとり旅もお好きだと伺いました。

はい、好きですね。自分でプランを立てて、行って、感じて、振り返る——その一連のプロセスがすべて学びになります。
友人や協議会の皆さんなど、大勢で行く旅も楽しいのですが、自分で決めて自分のペースで行動するという時間も私にとっては大事な時間。仕事ではチームで動くことが多いので、旅はまさに“自分を取り戻す時間”ですね。

―ご家族との旅で印象に残っているものはありますか?

息子と二人で行ったインドの旅ですね。彼が小学 3 年か 4 年の頃です。
「子どもの頭に“はてなマーク”がいっぱい浮かぶ場所に行こう」と思い、子どもと行きたい場所を検討した上でインドに決めました。実際、高速道路で車は逆走しているし、牛が道路を歩いているし、トイレにトイレットペーパーがないところもあり。そのたびに「なんで?」と聞かれて、一緒に考えながら過ごしました。あれはまさに“探究学習”の旅でしたね。親子で世界を“問い”を通して見る時間でした。

―人はなぜ旅に惹かれるのだとお考えですか。

もともと人は誰しも、探究心や好奇心を持っている生き物だと思うんです。けれども年齢を重ねるにつれて、それがだんだん抑制されてしまう。「こうしちゃいけない」「ああしちゃいけない」という社会のルールや周囲の目に自然と縛られて、無意識に“自分の好き”を抑え込むようになってしまう。
たとえば小学校 1〜2 年生の子どもたちって、「やりたい人!」というと全員手を挙げますよね。でも高校生になると、「何をしたら良いか分からない」という子が増えてくる。さらに大人になると「自分の好きなことがわからない」という人が本当に多くなる…。
本来、誰の中にも好奇心はあるのに、社会の目や評価を気にして、だんだん見えなくなってしまう。だからこそ、旅は自分を取り戻すきっかけになると思います。
日常から少し離れて、社会的な役割や肩書きを脱ぎ捨てると、「自分って何が好きなんだろう」「何にワクワクするんだろう」と素直に感じられる時間が生まれる。それが旅の一番の魅力だと思います。

―小宮山さんご自身が、最近ワクワクした出来事について教えてください。

大阪・関西万博が印象に残っています。開催前は「メタンガスが危ないんじゃないか」「面白くなさそう」など、いろいろ言われていましたが、いざ始まってみたら 1 日に 22万人も来場する日もありました。終わったら終わったで「もっと行きたかった」という声があふれていた。
結局、人は「見たい」「感じたい」という本能的な欲求に突き動かされているんだと思うんです。バーチャルエクスポというアプリもよくできていますが、やはり「実際に見たい」「子どもに体験させたい」と思う人が圧倒的に多かった。それってつまり、リアルな体験の力ですよね。AI やデジタルでは代替できない、「その場にいる」という感覚がとても大事だと思います。

―万博の現場では、どんな発見がありましたか?

もう、行くたびに新しいことが起こるんです!たとえば日本館も、最初に行ったときと次に行ったときで展示が変わっていたり。イタリア館も同じで、始めの頃と終盤では展示物が異なっていたり。
しかもパビリオンだけでなく、食べ物やイベント、期間限定のお土産なんかもあって、毎日通っても飽きません。「次は何が起きるんだろう」というワクワクが常にある。そういう新しい刺激に出会い続けられる場は、まさに旅と同じですよね。

協議会会員と訪れた大阪・関西万博。ANAの空飛ぶクルマを見学!

AI 時代を生きる“人間の学び”とは

―小宮山さんはたくさんの資格を取られていると伺いました。それはどういう想いや意図で取り組まれているのでしょうか。

理由は 2 つあります。1 つは、「旅と学び」という両輪の中で、学びだけではなく旅のほうも少しでも深く理解したいと思い、資格を取っています。旅行業の資格もその 1 つです。
もう 1 つは、AI ができないことに興味があるので、人工知能が苦手な領域の資格を取得しています。たとえば狩猟。狩猟免許を取って、鹿やイノシシ、クマへの対応も学んでいます。罠を仕掛けたり、銃を扱ったりするのは、人間にしかできないことです。
そういう“人間にしかできないこと”に価値があると思うんです。
ほかにも小型船舶免許や、海上特殊無線免許(ドローンを飛ばすときに必要な資格)も取りました。自動運転が発達しても、波や風、現場での判断は人間の感覚が欠かせない。AIに頼れない部分を、身体知として自分の体で理解しておきたいと思っています。

―なるほど。まさに“AI 時代だからこそ人間にしかできない力”を磨かれているんですね。

そうですね。AI や ICT の進化にはもちろんキャッチアップしますが、プライベートの時間は意識的にアナログに振っています。五感を使い、身体で感じる。そういう体験の中にこそ、人間の価値があると思うんです。

―お話を聞いていると、学びと遊び、仕事が全てつながっているように感じます。小宮山さんにとって「学び」とは何でしょうか。

私の場合、遊びと学びと仕事が一体化しています。どこからどこまでが仕事で、ここからが遊びという線引きはありません。講演をしていても、聴いてくださる方の反応や質問から新しい発見があります。新しい土地に行くこと自体が楽しいですし、狩猟や寿司づくりをしていたらそれが仕事のアイデア
にもつながる。“面白い”や“好き”と思うことを突き詰めていると、自然とそれが学びになり、結果的に仕事にもつながるんです。

―AI 時代の教育について伺いたいのですが。今の学校教育と、旅のような体験的な学びにはどのような違いがあると思われますか。

机上の勉強は語弊がある言い方かもしれませんが「認知教育」ですね。一つの正解を早く、確実に、大量に解くドリル型。偏差値教育の延長です。
一方で旅のような学びは「探究学習」。正解のない問いに向き合い、自分なりの答えをつくることが求められます。VUCA 時代には、この“探究”のほうが重要になってきています。
以前は 9 対 1 くらいで偏差値型が主流でしたが、いまは7対3くらいまで変わってきていると思います。実際、2023 年度からは大学入試で一般入試より総合型選抜(旧 AO)が多くなりました。つまり、探究的・体験的な学びも重視されるようになってきているということです。

―実際の教育の現場でも変化してきているのですね。

旅は探究学習そのものです。実際に現場を見て、五感で感じ、問いを立てる。ネットの情報は古いかもしれないし、間違っているかもしれない。
けれども、自分で見て考えたことは確かな“自分の知識”になる。ですからどんな小さな旅でも良いのです。隣町に行くだけでも十分。大切なのは、そこで「なぜ?」と疑問を持てるかどうか。その“問いの質”を高めることが、これからの教育の鍵になると考えます。

―AI 時代のリーダーシップにも通じますね。

そう思います。リーダーは、やはり視野が広くないと人を受け入れられません。部下や仲間が「これをやりたい」と言ったときに、良い点やリスクを提示して、建設的に話ができるかどうか。それができるのは、実体験を持っていて、いろんな世界を見ている人だと思います。親も同様です。親の視野が広いと、子どもの可能性も広がる。ですから危険を先回りして排除するよりも、「どれを選ぶ?」と選択肢を提示することが大事ですよね。

―AI 時代を生きる若い世代に、どんな「学びの旅」をすすめたいですか。

海外や遠くである必要はなくて、どんな場所でも良いと思うんです。でも、自分でお金を貯めて、自分に投資をする旅もしてほしいですね。
私も社会人に成り立ての頃は稼いだ分はかなり旅に使っていました。近場でもいい。短期的なリターンじゃなくて、中長期的に自分の価値になる。そういう“自己投資としての旅”をおすすめします。

―ありがとうございます。AI 時代の「人間らしい学び」が見えてきました。最後に、小宮山さんにとって“旅”とは何でしょうか。

私にとって旅とは、「今日死んでも後悔しないための時間」でしょうか。旅は、私にとって生きることそのものです。学びながら旅をし、旅をしながら学ぶ。その繰り返しの中で、自分も社会も少しずつ更新されていく。それが、私の理想の生き方です。AI がどんなに進化しても、結局“感じて考えて動く”のは人間です。だからこそ、旅をして、失敗して、考えて、また動く。それができる人が、これからの時代を生きていけると思います。

インタビュー・構成・執筆:吉田 麻美(THINK AND DIALOGUE)
文責:殿元 綾花(ANA ホールディングス)、吉田 麻美

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